思い出すことなど 1

無職FIRE生活に入って早くも半年が過ぎようとしています。
特に焦燥感はなく、働きたいという気持ちも今のところはなく、自由で気ままな毎日を送っています。40年かけてやっとたどり着いたこの境地を、心から楽しんでいます。
19年間の奴隷労働生活で疲弊しきった心身も、半年の休養を経てそろそろ充電が完了し、仕事の思い出を振り返っても大丈夫そうだと思ったので、仕事の中で印象的だったことを振り返るシリーズを書いてみようと思います。
「私があなたを採用した」と言われた
前の職場に入って2年くらい経ったころ、新しく転勤してきた上司に挨拶をしに行くと、「あなたを採用したときに担当だったのは私です」というような内容のことを言われたのです。
わたしは「はあ。そうなんですね」と返したのですが、上司がまだなにか言いたそうにしているので、「…ありがとうございます…(?)」と言ったところ、上司はうなずいて、「そういうことです。」とのたまったのです。笑
「何言ってんだこの人」と驚きで思考が止まってしまい、言葉が出ませんでした。
この人はとても大きな勘違いをしている、と思いました。
上司は50代後半くらいの男性で、その時すでにかなり上位の役職についていましたが、その後さらに偉くなったのち、定年退職されました。
就職や採用は企業と個人が公平な立場で行う契約
就職、採用というのは、お互いに平等な立場で行うものです。公平な契約です。
わたしは仕事を求めており、会社側は人材を求めている。お互いに条件や求めるものが合致したときに、「採用」となるわけですよね。わたしは仕事を探していた。そして上司(会社側)は、人材を欲しいと思っていた。そして条件に合った人(わたし)を採用することができたんですよね。
なぜ、私が上司に「採用していただいてありがとうございます」と言わなければならないのでしょうか。もちろん、「その節はお世話になりました」という気持ちはありますし、「いや〜採用されてよかった〜ありがたや〜。」という気持ちもあります。
しかし会社側だって同じことのはずです。「条件にあう人を採用できてよかった」と。
会社に選ばれているのではなく、わたしが会社を選んでいる
会社は「人を選ぶ権利は会社側にある」と思っているようですが、私のほうも会社を選んでいます。面接するとき、会社がわたしを面接して選んでいるだけではなくて、わたしもまた、会社(や採用担当者)を面接しているのです。
採用担当者は、「採用面接をしているとき、自分もまた、相手に面接をされている」という自覚はあるのでしょうか。わたしはずっと、「わたしが主体性をもって会社を選ぶ」という気持ちで面接に望んできました。
就職氷河期の採用試験はひどいものだったと聞いています。会社側が人を選んでやっている、採用してやっているというあからさまな上から目線の態度や圧迫面接。
時代背景のためにある程度は仕方なかったのかもしれませんんが、企業はいったい何様だと思っているのでしょうか。
いまは人手不足で売り手市場ですが、どんな採用試験が繰り広げられているのでしょうか。











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